組曲「惑星」の全曲解説
- 【組曲「惑星」作品32 The Planets op.32】
- 1914-1916年作曲。
作曲家ホルストの作品の中でも最大規模を誇る4管編成の大オーケストラのための管弦楽組曲。
楽器編成としては、リヒャルト=シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」に
匹敵するほどの規模を擁する。
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- 『 曲の構成 』
- ホルストは作曲にとりかかる1年前の1913年に、
劇作家のクリフォード=バックスから占星術について教えを受けていました。
彼はそれ以来、占星術に傾倒していくようになり、その結果生み出されたのが
組曲≪惑星≫であると伝えられています。
つまりホルストは、天文学的なイメージでこの組曲を作曲したのではなく、
占星学で説かれている惑星のイメージを、音で再現してみようと考えたのでした。
参考までに、占星術の礎となっている神話の神々を簡単に紹介しておきましょう。 - 第1曲:火星 - 戦争の神
Mars, the Bringer of War. Allegro - 第2曲:金星 - 平和の神
Venus, the Bringer of Peace. Adagio - Andante - Animato - Tempo I - 第3曲:水星 - 翼のある使いの神
Mercury, the Winged Messenger. Vivace - 第4曲:木星 - 快楽の神
upiter, the Bringer of Jollity. Allegro giocoso - Andante maestoso - Tempo I - Lento maestoso - Presto - 第5曲:土星 - 老年の神
Saturn, the Bringer of Old Age. Adagio - Andante - 第6曲:天王星 - 魔術の神
Uranus, Magician. Allegro - Lento - Allegro - Largo - 第7曲:海王星 - 神秘の神
Neptune, the Mystic. Andante - Allegretto
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- 『 作曲の動機 』
- ホルストは作曲にとりかかる1年前の1913年に、劇作家のクリフォード=バックスから占星術について教えを受けていました。
彼はそれ以来、占星術に傾倒していくようになり、その結果生み出されたのが組曲≪惑星≫であると伝えられています。
つまりホルストは、天文学的なイメージでこの組曲を作曲したのではなく、
占星学で説かれている惑星のイメージを、音で再現してみようと考えたのでした。
参考までに、占星術の礎となっている神話の神々を簡単に紹介しておきましょう。 - §火星:気概や情熱、闘争心を人に与え、戦争をももたらすといわれる軍神マルスが司る。
- §金星:美の女神ヴィーナスの星で、特に平和と美しさの象徴とされる。
- §水星:学を好み知性豊かであるが、優柔不断で落ち着きのない性格を持つとされる。
- §木星:ローマ神話の主神ジュピターになぞらえられ、威風堂々として王者の貫禄を示しているが、同時に快楽を貪る傾向がある。
- §土星:人に対して冷徹で、陰気な性格を持つとされる。
- §天王星:創意とひらめきの星であるが、何事にも固執しすぎる傾向を併せ持つ。
- §海王星:女性からの影響や感化によって、人の気分を沈んだり華やいだりさせるヴィジョンの星といわれる。
-
.......このような性格が、それぞれの惑星にあてがわれています。
しかしホルストは、これらのテーマを参考にはしているものの、それにとらわれることなく
自分の意のままに扱っていて、作曲後、このようにも述べています。
「確かにこれらの曲は、占星術を学んだ経験から着想を得ましたが、特に標題付きの音楽にしたつもりではありませんし、
神話の神々とも直接関係はありません。しかし、もしあなたがこの組曲に対する注釈を必要とするならば、
各曲の副題をそのまま広義として捉えていただいても結構ですよ。」
ホルストはここで初めて、既成観念を捨てて作品と向かい合い、大編成のオーケストラによる雄大で神秘性すら帯びた、
組曲≪惑星≫を誕生させたのでした。
作曲は、第一次世界大戦が勃発する直前の1914年5月、まず第1曲「火星」から着手されました。
当時ホルストは、ロンドン西部のハマースミスにあるセント・ポール女学院の音楽科主任を務めていたために、
作曲は勤務の余暇を利用して進められ、全曲を書き上げるのには約2年という歳月を要しています。
完成後、英国の指揮者エイドリアン=ボールトによって非公開の部分的な試演が重ねられ、
ついに1920年11月15日、作曲者自身が指揮台に上がり、
ロンドンのクィーンズ・ホールにて全曲の初演が行なわれました。
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- 【火星~戦争の神~ Mars, the Bringer of War.】
- 『 アレグロ ハ長調 4分の5拍子 』
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火星は「戦いの神マルス」に称えられていて、昔から「戦争をもたらす星」ともいわれてきました。
曲は全曲を通して、ティンパニと弦のコル・レーニョによる4分の5拍子の力強いリズムが執拗に繰り返されていき、
この特徴あるリズムを背景に性格の異なる3つの主題が展開されます。
まず、導入部のハープを加えた弱奏の後すぐに、ファゴットとホルンによる深遠で戦いの始まりを予感させるような第1主題が現れます。
曲が少しずつ躍動し、リズムが高潮していくと、金管とパイプオルガンによる行進曲風の第2主題が奏され、
その後、テューバとトランペットによって勇ましい第3主題が登場します。
これら3つの要素とリズムが入り乱れ、徐々に発展していき、やがて壮大なオーケストラ編成による劇的な完結を迎えるのです。
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- 【金星~平和の神~ Venus, the Bringer of Piece.】
- 『 アダージョ 変ホ長調 4分の4拍子 』
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金星は、「愛と美の女神ヴィーナス」の名に象徴されるかのように、静穏でやすらぎに満ちた音楽になっています。
曲は初めに、美しさに満ち溢れ、大自然の空気さえも感じさせる第1主題がホルンと木管によって穏やかに出されます。
そして、独奏ヴァイオリンで歌われる民謡風ののどかな第2主題。次いで短いながらも、オーボエによる甘く美しい第3主題。
これらの主題をもとに、曲は少しずつ形を変えながら展開され、最後にフルートとチェレスタによる夢幻的なアルペジオを背景としながら、
そのまま静かに曲を閉じます。 - 【水星~翼のある使いの神~ Mercury, the Winged Messenger.】
- 『 ヴィヴァーチェ 8分の6拍子 』
-
最も太陽に近い惑星である水星は、昔から私たちに、天空の使者が空を翔けめぐるかのような印象を与えるとされてきました。
曲は奇妙なせわしい動機から始まり、ヴァイオリンの軽快なリズムが刻まれる中、
チェレスタと木管によるユーモラスな第1主題が下降しながら現れます。
そしてハープのリズムを背景としながら、独奏ヴァイオリンが明るく陽気な第2主題を奏し、
その跡を追うようにチェレスタと木管群が続いていくと、最後は弱音で消え去るように曲は閉じられます。
この曲は、全7曲の中でも一番短く、全体的にスケルツォ的な音楽になっています。 - 【木星~快楽の神~ Jupiter, the Bringer of Jollity.】
- 『 アレグロ・ジョコーソ ハ長調 4分の2拍子 』
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ホルストはこの曲について、「木星は一般的に歓喜を表すとされていますが、ここに描いた音楽は、国民的な行事、
もしくは宗教的な祝典に結びつくような、儀式的な喜びを表現したつもりです。」と述べています。
「木星」は全7曲の中で最もスケールが大きく、通常のオーケストラ編成では4本のホルンもここでは6本に増強されるなど、
壮大なオーケストレーションによる祝典的な音楽が展開されます。
曲は大きく分けて、3部形式で構成されています。
まず第1部では、弦の小刻みな伴奏を背景に、6本のホルンによる勇壮で快活な第1主題が奏されます。
経過句を経て、弦とホルンで奏されるリズミカルな第2主題へと続き、やがて3拍子になると、民俗舞曲調の第3主題が登場します。
第2部は民謡風になっていて、のちのホルストが独立した歌曲に編曲しているように、
組曲≪惑星≫の中でも最も親しみやすく、整然とした雄大な旋律が奏でられます。
そして第3部では、最初の3つの主題が中心となって転調が巧妙に繰り返され、最後はフォルテッシモによる力強いコーダで曲が結ばれます。
この曲は、変化に富んだ親しみやすいメロディを数多く含むことから、しばしば演奏会などで単独に取り上げられます。 - 【土星~老年の神~ Saturn, the Bringer of Old Age.】
- 『 アダージョ ハ長調 4分の6拍子 』
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ホルスト自身、最も気に入っていたというこの楽章は、経験豊かな老年者の充実ぶりを表した、複雑な響きを持つ音楽になっています。
曲は、コントラバスによるもの憂い老年の嘆きを思わせるような第1主題が、
フルートとバス・フルートの暗い和音に乗って奏されるところから開始されます。
やがて、堂々とした第2主題が金管で奏されて曲中最高の盛り上がりをみせた後、再び弦によって第1主題が再現され、
その上にフルートとハープの細やかな音色と荘厳なオルガンの響きが増幅されて、曲に厚みをつけていき、
最後は鐘の音とともに静かにコーダを迎えます。 - 【天王星~魔術の神~ Uranus, the Magician.】
- 『 アレグロ ハ長調 4分の4拍子 』
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最も太陽に近い惑星である水星は、昔から私たちに、天空の使者が空を翔けめぐるかのような印象を与えるとされてきました。
当時あまりなじみのなかった天王星には、「魔術師(マジシャン)」のイメージが与えられています。
ここでホルストは、他の惑星との差別化を試みようと、フランスの作曲家ポール=デュカスの交響詩≪魔法使いの弟子≫の要素を取り入れ、
自身の書法に織り交ぜています。
曲は、呪文のような導入部から開始された後、ファゴットが弾んだリズムを刻み、ホルンと弦で異様ともいえる第1主題が奏でられます。
この主題が様々な形で受けつがれていくと、やがてファゴットが第1主題を再度奏し、続いて躍動的な第2主題がホルンと弦で奏されます。
冒頭の呪文の動機が変奏され、曲が大きく発展していったところで、金管によるリズミカルな第3主題が登場し、
これが全楽器へと移行して壮大に展開された後、ラルゴによるコーダで曲を閉じます。
第6曲「天王星」は、ホルスト独自の巧妙なオーケストレーションが最高度に発揮された曲といえるでしょう。 - 【海王星~神秘の神~ Neptune, the Mystic.】
- 『 アンダンテ 4分の5拍子 』
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海王星は「神秘の星」といわれ、ホルストはそのイメージを強調するために作曲上の特異な書法とともに、
演奏者に次のような添え書きをしています。
「各楽器は終始ピアニッシモで演奏して、残響音を極力なくすこと。
女声合唱団を聴衆から見えない別室に置き、部屋の扉は開けたままにしておくこと。
そして曲が終わりに近づくにつれ、静かに扉を閉じていくこと。」
曲は始めに、神秘さを帯びた天上的な第1主題がフルートによって奏されます。
そして、弱音による弦の持続音と木管の音色が響いた後、聴き手を無限の宇宙の彼方へ誘う音の世界が
ハープ、弦、チェレスタによって繰り広げられます。
しばらくすると、ソプラノ2部、アルト1部の2群編成からなる女声6部合唱の透き通った声がかすかに聞こえてきます。
その上にクラリネットの音楽的な効果が付加され、歌詞のない歌は最後まで反復されながら、
あたかも質量がゼロに近づいていくかのように、宇宙へ溶けこんでゆきます。
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作曲家ホルストのバイオグラフィ
- 【グスターヴ・ホルスト(1874-1934) Gustav Holst】
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イギリスの作曲家。大学でスタンフォードらに師事。東洋思想、サンスクリットを研究し、
イギリス民謡やエリザベス王朝時代の多声音楽にも造詣が深い。
作品は因襲にとらわれない語法が用いられており、管弦楽用組曲≪惑星≫が代表作。
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- 『 第一章 未来の作曲家 』
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グスターヴ=ホルストは、1874年9月21日、イングランド中部に位置する都市チェルトナムで生まれました。
父のアドルファスは教会のオルガニスト、母のクララはピアニストという音楽一家の中で育った彼は
幼い頃から弟のイーミルとともに、ピアノやヴァイオリンの厳しいレッスンを受けています。
やがてチェルトナムの中等学校に通い始めるようになると、ピアノよりも作曲に興味を示しだすホルスト少年でしたが、
将来はコンサートピアニストにしようとする家族の期待があったため、
彼は隠れるようにしながらベルリオーズ著『近代の楽器法と管弦楽法』などの音楽書を読みあさり、一人で作曲法を独学していったのでした。
1892年、持病であった右腕の神経炎が悪化してしまい、幸か不幸かピアニストへの道が絶たれてしまいます。
しかし、息子を一流の音楽家にする夢を捨てきれなかった父親アドルファスは、
今度は本格的に作曲の方を学ばせようと、彼をロンドンの王立音楽院に入学させました。
ますます作曲活動に熱心になり、充実した学生生活を送っていたホルストは、在学中に多くの素晴らしい学友たちと交流を持っています。
中でもヴォーン=ウィリアムズ(1872-1958)とは、唯一無地の友人として、終生変わることのない友情が培われました。
のちにイギリスを代表する作曲家となる若き日の二人は、各々の将来について語り合ったり、作品を批評し合ったりしながら、
後のホルストが「学校よりもむしろ、彼との間で学ぶことの方が大きかった。」と語るほど、
良き友、良きライバルとしてお互いを高め合っていったのでした。
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- 『 第二章 音楽教育への情熱 』
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1898年に音楽院を卒業したホルストは、やがて古代インドの文学や宗教に傾倒していくようになります。
ますますインドへの憧憬が膨らんでいった彼は、早速ロンドンの東洋語学校に入門し、サンスクリット語や深遠なインド哲学を学びます。
(この時の経験は、ホルストのその後の人生観や価値観に大きな影響を与えたといわれています。
有名なバラモン教の聖典『リグ・ヴェーダ』を題材にした作品も生み出されました。)
1901年。以前に所属していたハマースミス合唱団のソプラノ歌手、イゾベル=ハリソンと結婚します。
しかし当時のホルストはまだ無名の作曲家で、彼の収入だけではとても家計を支えられるまでに至っていませんでした。
新婚早々、妻の洋服仕立ての収入に頼るなど、かなり苦しい生活を送っていたようです。
数年にわたる彼の音楽教育に携わろうとする努力が実り、1903年にダリッジのジェームズ・アレン女学校の音楽教師の職を得ると、
さらに2年後、ハマースミスのセント・ポール女学院の音楽科主任にも迎えられます。
生活も安定するようになって教職にあるかたわら作曲活動にも励み、
女声合唱曲≪王女からの歌曲集≫、弦楽合奏曲≪ブルック・グリーン組曲≫といった意欲的な作品が、続々と生み出されていきました。
(初期のホルスト作品は、当時のほとんどの作曲家がそうであったようにワーグナーの影響がひときわ強く、
半音階の多用やエンハーモニックによる転調といった手法が随所に見られていましたが、
この頃になると作曲技法も徐々に変化してきており、常に新しい音楽を追求する姿勢を見せ始めています。)
またホルストは、「教育は全ての人が平等に享受すべきである。」とする社会主義の理想に基づいて、
1907年から、労働者のための教育施設モーリー・カレッジでも教鞭をとるようになり、ますます音楽教育に対して情熱を傾けていったのでした。
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- 『 第三章 パーセルの再来 』
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1916年、代表作である組曲≪惑星≫が完成して、4年後の1920年にホルスト自身の指揮で初めての全曲公開が行なわれます。
演奏会は見事な大成功を収めるのですが、彼の中では4年も経過した過去の作品と位置付けられており、
作品自体も満足のいく出来ではないと考えるようになっていました。
その戸惑いとは裏腹に聴衆からは圧倒的な支持を受け、タイムズ紙でも最高の評価を受けます。
「惑星」発表後、人気が出たことで過去の作品も次々と出版されるようになり、校訂作業に追われる毎日が続いた彼は、
1923年2月、激務による疲労がたたったのか、指揮台から転落して脳震盪を起こしてしまいます。
しばらくその後遺症に悩まされ、作曲家としての人気も下降していく一方でしたが、
もともと人気や名声に迎合することのなかったホルストは、逆にゆとりを持てることへの喜びを感じ、
新しい音楽の創造に明け暮れていくようになりました。
(この時期の作品には、音詩≪ハマースミス≫、≪抒情的断章≫、≪2つのヴァイオリンのための二重協奏曲≫、
オペラ≪さまよう学者≫、≪合唱幻想曲≫といった、彼本来の独創性を伝えるものが多く生み出されています。)
1932年、ハーバード大学から客員講師として招かれたことがきっかけでアメリカに渡りますが、その直後、病に倒れてしまいます。
闘病生活の中、ボストン交響楽団を客演指揮して自作曲を披露するなど、ここでも積極的な音楽活動を展開するホルストでしたが、
帰国後の1934年5月25日、ついに彼の生命の灯火は終わりを告げてしまうのでした。
眠りにつく最後の瞬間まで、音楽の世界に身を投じていたグスターヴ=ホルストは、
多くの生徒たちをはじめ、イギリス国民から「ヘンリー=パーセルの再来」とまでいわれ、最も敬愛されていた存在でした。
それを表すかのように彼の葬儀は、チチェスター大聖堂にて大々的にとりおこなわれ、
自作のキャロル≪我、まことの愛のために為せり≫の合唱に包まれながら、
永遠の眠りについていったのです........。
※ヘンリー=パーセル(1659-1695):
イギリス・バロック時代の大作曲家。音楽家としてあらゆる王室の地位を歴任し、
器楽曲からカンタータまで、幅広い分野にすぐれた作品を残している。